8月22日、ロサンゼルスは93華氏——摂氏にして34度に達していた。ダグアウト脇のブルペンで、大谷翔平は30球を投げ終え、集まった記者たちに向かって親指を立てた。それだけだった。AP通信はその日の出来事を、飾らない書き方で伝えている。暑さの数字、投げた球数、そして親指。感情の色は、ほとんどついていない。
7月3日を最後に、大谷はマウンドに立っていない。左ひざの張りが長引き、投手として休んでいる期間は、もう一ヶ月半になる。打者としての数字だけを見れば、打率.287、出塁率.388、長打率.546、OPS+158——普通の年なら、リーグ屈指と言っていい成績だ。それでも今年は、少し様子が違うらしい。
ESPNは今季のナ・リーグMVP争いを、大谷とカブスのピート・クロウ゠アームストロングとの「熾烈な争い」と書いた。ただその書き方には、大谷にだけ、そっと条件がついている。「投げていれば、彼が本命だろう」——同僚の一人はそう語ったという。二刀流の片方が止まっている間は、なかなか満票をもらえない。7月中旬にはオッズ-1500という圧倒的な本命だった大谷は、8月末には+125まで後退し、クロウ゠アームストロングの-155に順位を譲った。FOX Sportsが伝える数字の推移は、感情を挟まず、ただ淡々と、この変化を記録していく。
「投げていれば、彼が本命だろう」
けれど、その変化を、そこまで深刻に受け止めていない人たちもいる。日本のスポーツ紙は、今も、ほぼ毎日のように大谷を一面に置き続けている——野球史研究家ロバート・ホワイティングは、そう指摘する。米国では、なかなか起こらない現象だという。記者たちが数字で線を引こうとする一方で、大衆の熱は、その線とは関係なく、変わらず高いところにとどまっている。
30球投げて、親指を立てた。その仕草に、特別な意味なんてなかったのかもしれない。それでも見る側は、そこに何かを読み取ろうとしてしまうものだ。復帰の日程は、まだ決まっていない。決まっているのは、この小さな仕草を、記者は淡々と記録し、ファンはそこにそっと希望を見出す、ということだけだ。